ペン森通信
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

作文ができなくて大統領になった男
 鳩山邦夫法相を「死に神」と表現した。「永世死刑執行人 鳩山法相。『自信と責任』に胸 朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」が、宮崎勤死刑囚ら3人の死刑執行命令を下した翌日、を張り、2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」

 鳩山大臣はいかつい顔に似合わず、蝶の専門家として知られる。失言が話題になることも多い。失言癖はブッシュ大統領も同じだが、死刑執行の数に関しては、鳩山大臣はブッシュの比ではない。テキサス州知事時代の6年の任期中、120人余の死刑囚を処刑した。

 素粒子は当然、問題になった。弁解に曰く「鳩山法相の件で千件超の抗議をいただく。『法相は職務を全うしているだけ』『死に神とはふざけすぎ』との内容でした。法相のご苦労や、被害者遺族の思いは十分認識しています。それでも、死刑執行の数の多さをチクリと刺したつもりです。風刺コラムはつくづく難しいと思う。法相らを中傷する意図はまったくありません。表現の方法や技量をもっと磨かねば」

 チクリと刺したつもりが「死に神」とはね。チクリどころかサバイバルナイフで刺したほどの侮辱的インパクト。執筆者は横溝正史ファンかもしれん。「犬神家の一族」「八ッ墓村」「獄門島」などまがまがしい横溝本の読みすぎかビデオの見すぎで、言葉に対する感覚が鈍化していたのだろうか。ぼくがそうだったの。

 表現の方法や技量をもっと磨かねば、にはペン森生も同感。ブッシュ大統領も自分のことを言われたように感じるのではあるまいか。ブッシュ大統領はパパブッシュと同じ名門エール大学出身だが、高校時代は作文で落第点をとったという。問題児だったらしく、コカイン所持や飲酒運転で捕まったりしたが、パパのコネで無罪放免(ブッシュ大統領の記述については『世界を変えたテロ 決定的瞬間』=宝島文庫を参考にしました)。

 ブッシュ大統領は「あの男はパパを殺そうとしたんだぜ」とサダム・フセイン名指ししてパパのリベンジをはかり、イラクを攻撃した。大義名分の大量破壊兵器はなく、これによってアメリカ兵約4000人、イラク人約30万人が死亡したとされる。死刑執行は法の行使だが、戦争は権力者のエゴだ。作文ができなくて大統領になった男は思慮不足で罪深い。



スポンサーサイト
土日は鉄路を駆けめぐる
 神保町の隣の書店はエロ雑誌というかエッチ本の専門店である。ぼくのようなうぶは入店に勇気を有するが、かつてわざわざ入って狭い店内をつぶさに観察してきた受講生の猛女もいた。休日などタクシーで乗りつけるおじさんもいるから、その方面の興味と関心を抑えがたいマニアにはけっこう有名なのだろう。

 その店頭にぼくにとってはエロよりも興味を引かれる古本が並べて売られている。駅名の由来を紹介したものや昭和の列車30年間の車窓風景、といった類である。このあいだはべつの古書店で『昭和の国鉄がわかる本』上下を仕入れた。北海道から九州の果てまで宮脇俊三さんの名著『最長片道切符の旅』を30年ぶりに追体験しようと計画している身としては、いまから資料をそろえておかねばならないのだ。

 後輩に、がんで死にゆく自分を人間ルポとして連載した佐藤健という記者がいたが、かれは元気なころ、長い記事を書くときは自分の背丈だけの参考資料を読むべし、という主義だった。それは書く内容に厚みと奥行きを付加するかれなりの方法であった。物書きはたぶん、総じて取材に加えてそのような参考資料の助けを借りているにちがいない。

 ぼくは資料のひとつにすべく新刊本も買った。『踏切みやげ』(石田 千、平凡社)。鉄道ファンはや鉄道マニアはあきれるほど多く、極めつきのひとりはぼくの先輩記者だった種村直樹さんだろうか。鉄道担当をはずされたとたん退社して、鉄道専門ライターに転じた。国鉄全駅完乗の記録ももつ。『気まぐれ列車』シリーズで知られ、ファンクラブも結成されていて、宮脇俊三さんと双璧をなす鉄道作家。

 種村さんは娘さんの名前が「ひかり」と「こだま」、お孫さんは「のぞみ」と徹底しているが、さて、石田さんの踏切マニアぶりも相当なもの。踏切の長さを「大また4歩」とか「大また12歩」とか表現している。踏切だけでは間がもたないので、周辺ルポや自筆の挿絵でたのしませ、冒頭には「象の目で踏切わたる夏木立」などと踏切俳句を配して、多彩にしてしゃれている。

 結局、エッチ本店店頭の古本は買わなかった。だいぶ購入費用がかさむが、鉄道に関する雑誌、本が全部そろっている書泉グランデ6階を利用することにした。ここはほんとうに各種鉄道雑誌のバックナンバーもカバーされ、きょうもぼくは雑誌やら鉄道地図やら3000余円分を仕入れた。土日は、こういう雑誌や地図を部屋にひろげて空想にひたりつつ、ニヤついているのである。いい趣味だねえ。

山の奥にもネタあり
 先週12~14日、2泊3日で長野・新潟の山間部を回ってきた。学生3人とマスコミ採用試験作文のネタ(題材)仕込みのドライブ旅である。1ヵ所だけ、宿泊を考えていた新潟・長野県境の秋山郷の廃校跡温泉宿が3月限りで営業を止めていたので、行けないのが残念だった。

 秘境、秋山郷は江戸時代、鈴木牧之の『北越雪譜』でその存在が豪雪地帯として知られるようになった。飢饉で村が全滅したこともあったというから、よほど過酷な自然環境である。ぼくは昨年2回訪れたが、学生の感受性とセンスがその秘境の歴史と人間と文化をどうとらえるか、興味があったのだが、今回は無念。

 このようなネタの旅は毎年の恒例となっており、ぼく自身はそこに案内するだけであとは学生をほっておく。1回、土地のひとから話を聞きはじめたら、学生たちはそばでただメモするだけで、考えることも感受性の新たな掘り起こしもなにもしない。ぼくは案内役とドライバー役に徹するのを旨とする。

 ネタはおおむねメディアで評判にはならないが、話題性やニュース性のあるものをぼくが見つけて提供する。徹底的に取材を重ねた吉村昭氏の著作にはずいぶんお世話になった。本のあとがきや取材余録エッセーに、おや!これは使えると思うものがあるのだ。吉村氏は長崎だけで100回以上行って調べたというほどだから、膨大な取材量をあの簡潔端正な文章に整理する過程でこぼれ落ちる題材があるのだ。

 言ってみれば落ち穂拾いネタも多いのだが、ぼく自身が発見したものもすこしはある。これは明かすとペン森生に怒られるので、紹介は遠慮しておくが、専門紙誌やマイナー雑誌でイベント情報や人物に目を光らすと半年で、きっと2つや3つはみつかる。ネタは細部や山奥にもひそむ。

 ぼくは話題を探してそれを新聞でルポしたり、雑誌でこれは売れるか売れないかというニュースの選定をやっていたので、学生よりもメディアが好きそうなえさを見つける感覚はあるだろう。ただ、行った先々で夜、必ず飲む。疲れていてもぼくの部屋に集まって二次会だから、学生たちの顔にはうざいじじいだよ、早く眠らせてくれ、と書いてある。



悶々とした若者よ、きみも必要だ
おととい2日の朝日新聞「私の視点」に「若者よ 自分に他人に社会に関心を」と中田武仁氏が呼びかけていた。中田という名前に既視感めいた感覚があったのだが、「私事だが、93年4月、カンボジアの和平に向けた選挙の監視団の『国連ボランティア(UNV)』に志願した当時25歳の息子は銃撃に遭い、現地の通訳の青年と共に命を落とした」というくだりでピンときた。

厚仁さんは商社マンの父親・武仁氏の赴任先ポーランドのアメリカン・スクールに通っていたときはいきいきと元気よかったが、帰国したら元気がなかった。それは日本の大学に進んでも変わらず、心配した父親はアメリカの大学への留学を勧める。アメリカで厚仁さんはすっかり活発さを取り戻す。

厚仁さんはそこで出会った先生の言葉に打たれ、志を高める。「あなたはなにかを求めてこの大学にやってきた。それは当然です。しかし、あなたがなにかを求めているのと同じように、大学もあなたになにかを求めている。あなたは必要とされる人であり、求められている人であることを忘れないでください」

自分もまたみんなと同じように必要とされ、求められている存在であることを強く意識するのである。国連ボランティアに志願した厚仁さんは最も危険な場所を希望し、車、徒歩、カヌーで村々を回って選挙の有用性を説く。ほとんど無人の地域でポルポト派に囲まれ、後頭部に銃を突きつけられて銃殺された。

武仁氏は、息子を亡くしてまもなく55歳で商社を辞め、息子の遺志を継ぎ、歩ランティア人生を歩きはじめる。訪れた国はアジア、アフリカなど50カ国。「愛の反対語は憎悪ではなく、無関心でいること」というマザー・テレサの言葉を引いて、「学校で、社会で、悶々とした思いを抱えている若いあなたにはぜひマザー・テレサの言葉を思い起こしてほしい」。

厚仁さんが殺された地には人が住むようになり新しく「アツヒト村」と名付けられた。「ナカタアツヒト小学校」も創設された。



プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。