ペン森通信
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巨乳の巨が消えた朝日
木曜日は新聞を見るのが楽しい。『週刊文春』と『週刊新潮』の広告が掲載されているからだ。きょうから朝日、読売、日経の読み比べウェブサイト「あらたにす」がはじまったが、この3紙を読み比べるよりも、ぼくは出版社が発行する日本の代表的週刊2誌の広告コピーを読み比べるほうが断然、興奮する。

 まずコピーづくりの才能からして、新聞より文春、新潮がはるかに上回っている。新聞3紙の「あらたにす」なんて命名は、なんとも痛ましいくらいのセンスだ。週刊誌の記事コピーに頭をひねっている練達の編集長は「なんだこりゃ、俳句か短歌の5文字をどこからかパクったんじゃないの。古くさすぎる」と一笑に付すのではあるまいか。ぼくなんか、年寄りの感覚が新聞の魅力を減少させていることをあらたにす、だね。

 きょうの『週刊新潮』の朝日掲載コピーにこんなのがあった。[「米少女は8歳で 乳」の驚愕レポート]。乳の前の1字が消えている。この伏せ字を埋めなさいという国語の問題がでたら、正答率は高いだろうね。「巨乳」の「巨」。朝日の広告掲載基準では「巨乳」という「下品な言葉」はこの上品な新聞にはふさわしくない、ということだろう。ぼくが併読している毎日は「巨乳」のまま載せていた。

 朝日はNHK山形放送局の巨乳女性アナウンサーが評判になって、全国区の著名アナになったときも同様のコピー狩りをやった。山形はスイカの産地だから「スイカップ」と呼ばれた契約アナウンサーが東京民放局に進出したことを憶えているかたもまだ多かろう。朝日は「スイカップ」という表現が許せず、週刊誌広告コピーをたしか「スイ」だけ削除した。で、「スイカっプ・アナ」が「  カップ・アナ」に変質した。

 とくに朝日は世間の常識に照らして体質をあらたにす、べし。じゃなかろうかと下品なぼくはあらたに思うのである。



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若者は新聞を読まねば
 大学のマスコミ関係の授業やペン森で講義をするときは、新聞が最も手っ取り早い教材になる。中大で担当しているゼミは朝日新聞を各自持ち込んで、その日の関心ある記事と過去1週間の気になるニュースをそれぞれ発表してもらう。新聞に親しみ、読み込みながら、現代という時代を認識してもらいたい、という考えだが、残念ながらペン森以外の学生諸君は新聞はもとより時代認識にもあまり気持ちが動かされないようだ。

 中大ゼミでは昨年は学生の要望で朝日ではなく毎日新聞を教材にした。毎日を選んだのには別段の理由があったわけではなく、強いていえば、薄くて読みやすいからだった。内容は無関係。ぼくの感じでは、朝日は教科書的で正統だがおもしろくない。どんなに魅力的な小説でも教科書に収めるとおもしろくなくなるのと同様である。それに朝日にはどこか鼻につく独特のさわやかさを偽装したような匂いが漂う。

 毎日はこれはもうニュース性よりも物語性だね。無色無臭で、報道・言論機関としての特徴はあまりない。紙面の真ん中に切れ目をつくって折りたたんで電車のなかでも読みやすい、新聞のタブーを破ったと大自慢していた「腹切り」もいつのまにかやめて、元の木阿弥になっている。ま、レイアウトは大胆でサービスがよい。記者志望者は新聞を併読するひとも多い。すると母親が毎日ファンになるケースはすくなくない。ただし、それが購読に結びつかないのが切ないねえ。

 読売はほんのときどきしか読まないので批評できないが、情報混雑といった感じはする。なんといっても主筆の存在が巨大すぎて、社内言論はどうなってるんだろうといぶかしみたくなるね、自由な気風の毎日育ちとしては。1000万部という大部数はほんとに実数だろうかと思うが、販売部数があやしいのは読売だけではない。信頼性と部数とは密接な関係があるわけではなく、部数が多いのは販売戦略の反映である。

 だけど新聞の未来は日本経済の先行きと同様に暗い。ではどうするかの対策も乏しい。じり貧だね。ではあるが、新聞のない世の中は暗闇だよ。新聞は言論機関としてまだまだ生き残ってもらわねば困る。若いひとたちが読む習慣をもつ。それがいちばんの対策と思うね。日本の若者も新聞を読むくらいの知性はもたねば。



ぼくのパブロフの水
 なにを隠そう、ぼくは毎朝、後片づけをしてからうちを出る。食器や鍋を洗うのがくせになっているというかそれがいつのまにか、わが家の慣例になっているのである。休日になると、これに昼と夜の後片づけも加わり、買い物と風呂掃除に洗濯ものの取り入れ、晴れれば布団干しも追加される。やろうと思えば料理も得意だから、もうりっぱな主夫資格があるね。

 最近、流しに立って洗い物をしていると、にわかに尿意が盛り上がってくるようになった。水道の水の音に反応するのだろうか、それはパブロフの犬みたいに几帳面な生理現象でね、少々うんざりしている。嫁にいった娘に聞いたら、わたしもそうだ、もらしてGパンを3本むだにしたと明かした。小便をもらしたくらいでGパンを廃棄するなんてなんともったいない。ぼくもといどきちびることがあるが、そのままほっとけばズボンはやがてきれいに乾く。

 ペン森ではぼくはあまり洗い物をしないが、冬でも温水が出ないからでもある。冷たい水にめっぽう弱いのだ。手が痛くなる。夏はアイスクリームはなんとかすこしずつスプーンで削りとって食べられるが、かき氷はもうだめ。冷たいものや水の音にどうも適応できない体質のようだ。ペン森で食器などを洗うと、トイレがすぐ近くにあるから助かる場合が多いが、間に合わないときだってあるんだよ。

 このパブロフ現象は加齢のせいだろうかねえ。娘がそうだから、これはDNAか。最近、尿もれしても匂いがしないとか宣伝している、高齢者のおむつの新聞広告が目につくんだよねえ。なんの知性も与えられないブログでごめんよ。
甘えの助長か将来への芽を摘むか
大学で授業をもっていれば、成績表をつけねばならない。これが案外、つらいんだよね。女子大は2クラス担当してそれぞれ通年4単位ずつ。中大ゼミも4単位。むかし、ぼくはにっこり笑ってひとを切る、といわれるほど、外面と内面がちがう記者だった。表面にっこりほっこりして聞き出し、相手の血が凍るような記事を書いたりしていたんだよね。

 女子大も中大も授業態度の悪いのがいて、気分を害する学生がいる。女子大は「文章表現法」という授業だが後期だけで600字、800字、1000字と合計10本の課題文を書いてもらった。ここの女子大は安孫子にあって東京、千葉、茨城からの通学者が多く、近ごろの若者には珍しいくらいまじめで素朴な女の子が目立つ。大学前や駅前で路線バスをおりるとき運転手に「ありがとうございました」と礼をいう子が大半だ。じつに感じの良い子が通っている女子大なんだね。

 ところがぼくの授業になかに3人遅刻常習者がいて、欠席もすくなくない。9本までに課した課題文のうち出した本数は各自4本。今週最終授業で10本目の課題をボードに示したところで3人がつるんで教壇にやってきて、「出した本数が少ないんですが大丈夫ですか」と心配する。「まあ、半分出せば大丈夫だよ」とぼくが返事したら、なんと最後の1本を書かずに教室から出て行ってしまった。大丈夫という返事にこれで単位はもらえる、と安心して最後の授業は無視したのだろうが、先生たるぼくはムッときたね。

 つぎに中大ゼミ。わずか5人だが、精鋭つどうジャーナリズムゼミのはずなのに、この精鋭たちは世の中に関心があるのかないのか、ほとんど感情というものがない。昨年まではそうでもなかったのだが、今期はまったく潤いがない。欠席も多くなにを考えているのだか、はかりかね手応えのないまま終了したが、毎回出席して新聞購読の発表も熱心で、毎回の課題文
もこなした2人については文句なく単位をあげるつもりだが、意欲熱意情熱の感じられなかった男子3人をどうするか、である。

 いずれにしても、単位をやれば甘えの助長に手を貸しそうだし、単位をあげなければ、もしかして卒業に支障をきたして将来への芽を摘むことになるかもしれない。大学で教えるのも悩みがはてない。いま単位はあげない方向で考えているんだけどね。
原点をもつ人生の幸せ
 きょうは成人の日だが、この日の朝刊には故山口瞳の成人諸君へのエッセイが載るのが恒例だった。山口が宣伝部に属していたことがあった関係でサントリーの全5段広告として掲載されていた。きょうの新聞には山口のあとを継いだ伊集院静が新成人に語りかけるエッセイを書いている。

 山口のエッセイがどんなものであったか内容は忘れてしまったが、新成人よりも大人が読んだような気がする。年配のファンの多いひとだった。なにしろ、山口は『週刊新潮』に「男性自身」という見開きエッセイを31年9ヵ月も連載した鉄人だ。その連載がはじまったのが1963年だから、ぼくが成人してまもない新聞記者1年生当時である。あの「寅さん」は26年間だからね。いかに長いかがわかるでしょ。毎週だからね。

 山口瞳という作家兼エッセイスト兼絵描きがどんな人物だったか、同じ壽屋(サントリー)宣伝部で仕事をしたことのある開高健も話さなかったし、聞いたこともなかったが、作風から潔癖できぱりした人情もちの正義漢だということはわかる。男として奥さん1人知らない一穴主義者じゃあるまいか、という話題はなにかで読んだことがあるが、さてそれは当たっていたたろうか。

 かれの『温泉に行こう』という本をもってぼくは旅をしたことがあるが、あるいはこれはぼくが温泉をふくめた紀行文を書きたいのをあきらめきれない原点かもしれない。あきらめきれない原点はこだわりとはすこし違う、人生の活力源や推力みたいなものだとぼくは思っている。それはひとによって異なるだろうが、ぼくは原点がまだコアの部分にあって、幸せだ。新成人諸君もコアになる原点を持ってくれい。

 
湯気のたつ浮気をしてないか
 前回のブログはほんとは戸川幸夫の小説『白色山塊』のイメージがあまりにも黒沢明の映画『デニス・ウザーラ』を彷彿とさせたんで、そのことを書こうと思っていたのだよ。ところがみごとに脱線して、別方向に暴走してしまった。はじめの意に反して異なる道へカーブしてしまうのは、人生と同じだな。

 人生の異なる道になった結果では決してなかったと思うが、年賀状によるとペン森卒はおめでた満載。出産間近、産休中、ベビー誕生。合わせて10人くらいの女性が報告してきた。あれ、相手はあのひとじゃなかったの、というカップルが何組か。いずれ離婚したくなるときもあるだろうが、子どものために我慢辛抱をたのみますよ。夫婦というのはああいういうもんだからさ。自分たちだけが特別じゃないの。

 子どもは1人の誕生で終われば少子化は止まないから、増産につぐ増産をたのみますよ。ぼくも妻も6人きょうだいだから、これだけはわれわれ旧人をまねてほしいね。ぼく自身は女の子2人でね、上の子は結婚して離婚話の騒ぎまでおこしたが、いまは平穏無事。父親の使い込みで離婚話をはらんでいるペン森卒が知っているだけで3組いるぜ。

 はは、ぼくは無関係。使い込むだけの金がない。ましてや浮気なんてテレビや小説のなかの話。浮気はね、しこたましていても絶対ない、と嘘を強調するのがおとなの知恵らしいね。偽装です。去年は勉強になった浮気男も多かっただろうよ。かれらは口をぬぐって知らんぷり、謝罪はするわけもない。ほら、湯気がたつくらい身に覚えのあるやつもいるだろ。ぼくは知ってるけど、そんなにおびえるとばれるぞ、おい。ぼく以外、男は浮気するに決まっているんだから。
ケータイ小説の人気をまねる新春
 ペンの本棚に『白色山塊』という上下本があったので、なにげなく下巻を取り出してよみはじめた。伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』を途中で閉じて、『白色・・・』のほうを電車内で開いている。作者は戸川幸夫。井上靖や山崎豊子と同じく毎日記者出身だが、このひとは文筆だけでなく、動物学者としても知られる。いま、世界に200匹しか生存してないという絶滅危惧種のイリオモテヤマネコの発見者としてのほうが有名かもしれない物書き。

 ところがぼくも、遅まきながら一旗あげようかともくろんでいるんだよ。井上、山崎、戸川にはとても及ばないが、ケータイ小説というジャンルが昨年の単行本の売れ行きに大貢献したという話題で一気に元気がでた。ケータイ小説というのはPCで書いたのをケータイで読むのも指しているようだから当然、ぼくはそこをねらい、毎日出身の物書きの席を占めたい。

 といっても小説じゃないよ。分類すれば同時進行ルポ、あるいは同時進行紀行ということになるんかな。昔、記者時代ぼくは同時進行ドキュメントという手法を考案して、世界から円が集中ねらい打ちされた円高現象を夕刊に連載したことがある。社会部がどうして経済マターに手を突っ込むのかと編集局長が経済部につるしあげられたそうだが、なに、経済部にそのアイデアがなかっただけの話。

 ぼくが考えたのは、会うべき要人に前日会っておいて、翌日相手に言う内容をあらかじめ聞いておいて、それを翌日の夕刊で過去形で報道するという方法。もちろん、取材相手にはほんとにそのとおり言ったかどうか、本人からしっかり確認をとる。確認時間は前日の約束で翌日○時×分と決めていて、あなたがその時間にいなければあなたは嘘を言ったことになる、と承知させていた。カギかっこのなかは、言った言わないで係争事案に発展するおそれがあるから、地の文は読み返さなくてもいいが、会話の中身は慎重を期したのである。

 さて、この方法をケータイルポあるいは紀行に取り入れたらと考えたんだよな。戦後まもなく、朝日が「ロンドンー東京5万キロ」をいう紀行記録を連載したことがあった。国産車トヨタで
走ってきて土地土地の付加をつけただけの内容ではあったが、熱狂的な支持をうけた。すごい人気だった。ぼくは青春18切符で日本のすみずみに入り込み毎日、PCで発信して、一躍
名をはせる。ペン森生も読んでくれんかなあ。以上考えたけどむなしい夢。
 偽装と嘘に右往左往した昨年だったが、地球の営みというか大自然の巡りはまことに嘘をつかず、律儀に新年になった。ひとつの区切りではあっても、連続する時間の流れのなかの点を69回も経験してくると、なんとも新味がなくてね、ことしは元旦に新聞各紙を買ってくる気も起こらなかった。去年まではまだその気力も惰性的に残っていたが、もう惰性も事切れた。というより、内容の予測がつくから期待度やドキドキ度が湧いてこなかったんだよね。

 ①地球温暖化関連の環境問題②経済の悲観的な予測と展望③衆議院選挙はいつで政権交代はあるか。これに格差やとネット社会や年金や増税などがちりばめられる、と読んでいたのだが、どうだったのだろうか。読んでいないから詳細はわからん。ペン森はきょう3日が初日で内定祈願の初詣、あすから通常通りで、新しく時事講義が加わる。元旦の新聞は読んでなくても時流の講義くらいはなんとかこなせるから、あまり心配しなくてもいい。

 心配なのはぼく自身の飲酒後の姿勢でね、去年は駅からうちまで深夜帰宅中、公園のやぶに向かって何回か立ち小便したが、前傾姿勢が保てずやぶの中に上半身が突っ込んで倒れ込むことがあった。天気がよく星がまたたいているのに、濡れたんだよね。勢いのいい放尿のしぶきが散った葉っぱに突っ込んでさ。脚が弱って持続して同じ姿勢で立っているのが困難になってきた。ましてや、まっすぐ歩けないほど酔っているわけだし、よけいに不安定だよな。

 で、新年の誓い。
 ①飲む。ただし体で飲んで心で飲まない訓練をはじめる。
 ②新しい旅友をつくる。ま、ルポ友、20代前半までの美女を希望。いないか。
 ③車は1人で1日500キロ以上運転しない。目が極度に疲れる。
 ④ビデオをみているときの居眠り続行。レンタル料1本100円、催眠剤より安くて効果的。
 ⑤マンガに挑戦。マンガなんて全然みないから若い人についていけない弱みがある。

 まだいろいろ真面目なここともあるんだが、これでやめておこう。酔っているみたい。はい、ごめん。

 
 


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