| 足と手と生と死と旅と人生 |
先週から月水金の午前、調布の整形外科に通っている。先週は杖も買った。転ばぬ先の杖である。左足の歩行がやや不如意で、弾力がなく靴の底が路面を擦る。ちょっとした段差にもつまずきそうになる。脳内でちいさな血栓が生じているようなのだ。血の流れがよくない。もともと血のめぐりはいいほうではないが、ますます悪くなった。3月に左手のしびれを感じたが、今度は上腕部に痛みがあって、それもマッサージしてもらっている。
10年前に脳梗塞をやってから、体が硬直していることは痛感していた。先々月CT検査をした結果、ちいさな梗塞が起こっていることが判明した。このあいだ電車のなかでおばさんが話していたが、小さな梗塞はだれにでも発生しているのだそうだ。この際、おばさんの話を信じて安心することにしよう。左手のしびれと痛みはそれとは関係ないだろうが左足は間違いなく、小さな梗塞が犯人だ。舌が回らないという現象も梗塞のせいです。
どのように舌が回らないかというと、酔っぱらったときとほとんど同じ状態になる。発音が明晰さを欠く。夜はいつも酔っているので、学生には判別がつかないのでは。とくにこのところ、芋焼酎のお湯割りを専門に飲んでいるので、酔いが早くよけいにけじめがつかないだろう。ぼくは高校生のころから焼酎になじんでいるが、お湯割りとはいえ日本酒よりも効く。体の硬直に反して部位的にはコンニャク度が増してきた、残念ながら。
ちょっと話がそれるが、精力方面に関して焼酎は気分が高揚するわりに肉体の軟弱度はいちじるしいと思う。気分だけ発奮する。焼酎生活をしている南九州の男たちが草食系だとは聞いたことがないから、これはぼくだけの現象かもしれない。まあ、ぼくの場合は年齢も関係するだろうがね。蘇生は半分あきらめた。16期生が、1時間前に飲んでくださいと秘薬を差し出して同情してくれたが、いまだにリュックで出番なく眠っている。
GWをすぎて、今年もぼくにとっての鼻炎の季節がやってきた。水洟とくしゃみがでてしようがない。マスクとポケットテッシュ―を忘れた日には悲劇だ。ホームに降りて買わねば保てない。この鼻炎もぼくの持病である。老人の会合では病気自慢が相場だが、鼻炎は老人特有のものではないから自慢にもならない。もうひとつ、これは老人特有だが、涙もろくなった。けさも『南三陸日記』(朝日新聞出版)を読んで車内で涙が止まらなかった。
『南三陸日記』の筆者の後任に12期生が就任した。この日記は多くの人々に焦点をあてているが、中身の背後にはおびただしい死がある。GWに新旅友と長野上田市の無言館へ行ったが、展示された絵はすべて太平洋戦争で亡くなった若者が描いたものだ。自然災害と人為的な死とは異なるが、無言館の絵の奥にも理不尽な死を見た。7月、孫娘にペン森生が加わって南三陸ツアーを計画している。来年は孫娘を無言館へ連れてゆく予定。
整形外科のリハビリの効果は上がっているようで、足も杖は必要としないかもしれない。腕の痛みはひいた。この分なら遠方への旅も苦にならないだろう。足と手を復元させて、ローカル線に揺られて何泊もの旅をすること、それがぼくの人生だ。
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| 木嶋佳苗裁判で傍聴記が描く女性記者 |
17期の女子弟子に数冊ずつノンフィクションをあげて研鑚を積むように頼んでいる。きのうは開高健の『ズバリ東京』『日本人の遊び場』などをあげたが、用意していた北原みのりの木嶋佳苗100日裁判傍聴記『毒婦』が抜けていた。北原みのりは女性のセックスグッズショップを経営しているコラムニストで『週刊朝日』にコラムを連載している。ぼくはそのエロぶりの愛読者である。木嶋裁判傍聴記も週朝に連載してきたものだ。
『毒婦』は徹底して女の目線で書かれていて、ノンフィクション雑誌『g2』に佐野眞一が発表している正統派全傍聴記よりもあけすけで思わず身を乗り出す。けっこう有名になった佳苗の証言の再録。それを聞いた法廷の休憩中の北原みのりの描写がおもしろい。 「男性たちには褒められました。具体的には、テクニックというよりは、本来持っている機能が女性より高いということで、褒めて下さる男性が多かったです」
「休憩中の傍聴席は軽いパニックに陥っていた。男性記者が『すげーすげー』と騒いでいる。いつもは“佳苗の女としての生き難さ”みたいなことを語り合う女性記者が、『みみず千匹ってこと?』『かずのこ天井?!』『私、褒められたことない!』とセックストークを始めてしまっている」。女性記者のこの種のトークに耳をそばだてる手並みはまさに女ならでは、である。男性がそばにいたら、女性記者はそんな話はするまい。するってか!
佳苗は太っていてブスであるらしい。ただ声だけが鈴を鳴らしたような美声という。佐野眞一も「3人を殺したとは思えないきれいな声」と表現している。何人殺そうが声質とは関係ないと思うのだが、美声であることは傍聴したペン森卒業生記者の全員が一致していた。佳苗は殺人でこそ3件で起訴されたが、詐欺その他7件の計10件で起訴されている。練炭による一酸化炭素中毒殺人である。が、審理には深刻さはあまりなかったらしい。
それはひとえに佳苗が無表情にあっけらかんと証言し、衣装をとっかえひっかえして法廷に現れたからである。傍聴席のほうが調子がおかしくなった。北原は書く。「佳苗が男たちのことをさんざん語った日、隣に座っていた女性記者(美人)が何か苛立っていた。『佳苗、私よりずっとセックスしてますよ。だいたい私なんか、今まで1度しかプロポーズされたことないっていうの!佳苗はいったい何回プロポーズされてるんですか!』
美人女性記者のヒステリー的な嘆きはなお続く。「いったい、なんであんなブスが!ブスなのに!どうして!どうしてだと思いますか!」。北原は本のなかで解説する。「生々しく悔しがり、嫉妬し、怒る、感情的で面倒くさい美人より、自分を全て受容する料理上手で感情を見せない不美人のほうが、男たちは夢を見やすい」。たしかにそうだと賛意を表する一方、やはりブスより美人のほうがぼくはいい。選択はもはや不可能でだが美人大好き。
検察によると佳苗は男性10人から計1億円以上を騙しとっている。最高齢の安藤健三さんは殺された09年5月当時、80歳だった。07年8月に死亡したFさんは70歳。高齢者が名器をえさにしてか、一気に食いついた。えっ、70・80で現役!と驚きながらも、ぼくはなんとも切なく、身につまされる。男性機能は、期待をかけて再生努力中だけど現役復帰は無理かなあ。
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| 坂本龍一の父親は伝説の編集者 |
映画『ラストエンペラー』で大逆事件の甘粕を演じた坂本龍一が俳優ではなく、世界的なミュージシャンであることを知っているひとは多いだろう。坂本はこの映画で音楽を担当し、アカデミー音楽賞に輝いた。この偉大なミュージシャンの父親を知っているひとはよほどの文学通、出版通だ。父親の一亀は河出書房の伝説的な編集者である。GWに開高健の『人とこの世界』を読み返していたら、佐野眞一が解説で一亀のことに触れていた。
佐野によると、開高のノンフィクション『ずばり東京』『ベトナム戦記』『お―パ!』は『人とこの世界』が描きだした深々とした世界には及ばないそうだ。ぼくは『ずばり東京』以外も読んだが、あまりに昔のことなので『オ―パ!』の写真をかすかにおぼえているだけで、仔細はまるで記憶にない。73歳ともなると、過去の精神や知見が凝縮されていそうなものだが、ぼくは開高については「編集者マグナカルタ」が最も印象的だ。
それでも『人とこの世界』は以前にもこのブログで取り上げたが、作家、画家、詩人と個性秀でた人物をまな板にのせた切った張ったのノンフィクションなので愛着がある。開高のあの大音声が聞こえてくる錯覚さえ感じる。『人とこの世界』は一亀の薫陶を受けた編集者が担当した。坂本一亀は「毎晩誰かと飲め、そのための費用は一切編集部が持つ」と言っていたらしい。一亀は文芸の社会化、すなわちノンフィクションに熱心だった。
いまぼくは高山文彦の人物ルポ『エレクトラ 中上健次の生涯』を読みはじめたが、冒頭に、書かれた原稿を前に「この作品は発表できない」と拒絶する編集者と巨漢中上との対峙場面がある。編集者は坂本一亀の弟子筋にあたる『文藝』部員。中上健次は非差別部落に私生児として生まれ、類まれな才能を発揮して夭折する。東大文学部大学院の中上の『岬』を題材にした入試論文の添削を頼まれたが手も足も出なかったことを思い出した。
どうもぼくは純文学には弱い。恥ずかしながら底に流れる文意を読みとれない。だから若い感受性が書いた『岬』論文の添削ができない。純文学を読めない本好きなのだ。もっぱら娯楽としての小説は大藪春彦の単純なストーリーにかぎると考えているほどである。なにを読んでもセックスとバイオレンスを繰り返すその単純さ。大藪は作品のなかでいったい何人殺したか、ということを調べた者好きもいたくらいの殺戮シーンが多い。
大藪とてその才能を発見して、名をなさしめたのは江戸川乱歩だ。未来への芽や可能性を見つけるのがマスコミ作文の採点者の役割だが、さて純文学に対して無能なぼくのような採点者もいるにちがいない。そういう無能に当たって筆記落ちした悲劇もあっただろう。逆に荒削りの未完成ながらもきらりと光る作文に目をとめた採点者もいただろう。坂本一亀のような手練れの人物は、きらり作文は見逃さない。面接者になっても才能を見抜く。
どこかに坂本一亀はいないものか。ぼくは坂本一亀にあこがれるが、いかんせんこの年齢では手遅れだ。元々少なかった感性のみずみずしさがより干からびて、精神の固形化がはなはだしい。若者から感性や感受性の注入をしてもらえる立場であるのが、他の老人にないうるおいです。
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| すべてを捨てる覚悟はあるか |
垣根涼介の『借金取りの王子』を再読し終えた。読んだひとも多いだろうと思うが、これは「君たちに明日はない」シリーズの2である。少なくとも石田衣良の『シュ―カツ!』よりもリアリティーに富んでいる。3の『張り込み姫』もふくめて面接の技法がこと細かに表現され、一種の心理小説集といってもいい。主人公は慶応出の30代半ばのリストラ対象者の面接官。企業から人事整理、つまりリストラを依頼される会社の中堅社員だ。
新潮社文庫になっているが2の『張り込み姫』の最後の話はまさに明らかに新潮社が舞台になっている。写真週刊誌『フォーカス』廃刊時の余剰人員のリストラがモデルである。取り上げた業界はデパート、生命保険会社、車のディーラー、温泉旅館と多岐にわたり、業界別にひとつずつの短編として構成され、主人公とその年上の恋人、主人公のアシスタントは全編を通じて変わらない。各業界の内実話は学生にとって格好の業界研究かも。
このシリーズは全編に通底するメッセージは、働くこと、仕事することの意味を自分に問うてみたら、ということに尽きる、と思う。『借金取りの王子』のなかにこんなくだりがある。
「昔、聞いたことがある。たしかイギリスかどこかに、将来を嘱望されている非常に優秀な大学医がいた。あるとき彼は、北アフリカのとある港町を訪れた。船からその町を見た瞬間、すべてを捨ててその町に住む決心をした。実際にそこで、しがない検疫官として暮らし始めた。安定した今の生活と,薔薇色になるだろう未来も捨ててね」 「……」 「十数年後、友達が彼のところを訪ねた。とても貧しい暮らしだったらしい。で、友達は聞いた。すべてを捨てた挙句がこんな暮らしで満足なのかって。彼は笑って答えた。満足だよって。この暮らしに、一度も後悔を感じたことはないって」 折しもメディアの春採用が終わりつつある。学生は例年になく安定志向のようだ。メディア自体が不安定な職種となったいま、巨大メディアといえども、必ずしも未来が約束されているわけではない。17年前のペン森開設時、ちょうど携帯電話が登場して、ぼくはびっくりしたものだ。インターネットの見学に行って、米雑誌『プレイボーイ』にアクセスを試みた。通じるまで30分かかった。この変化の裏で既存メディアは衰退した。
だが、新聞もテレビもすべてが消滅することはあるまい。社会に必要な存在だからだ。問題はその存在理由を認めるに足る報道ができるかどうか、の覚悟にかかっている。志望者はそこまで考えねば、将来の自分の存在理由が覚束ない。さらに年月を重ねれば、メディア業界の様相はさらに激変することが必至だ。それでもなお、自分は既存メディアを活用してやりたいことがあり、それを抑えることができない、という若者は目指すべきだ。 すべてを捨ててとは言わない。はいったら、家庭を捨てるケースが多いのだから。仕事ではなく、酒ですべてを失うひともいるけどね。
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| 精力絶倫と水虫の関係 |
きのうは定期健診を受けて血液採取などをした。そのためペン森着も遅くなって、小沢無罪を知ったのは午後のTBSラジオだった。小沢判決に毎日新聞は号外を出したそうだが、メディアの関心の高さは異常だ。市井のひとたちはそれほどの関心興味はないのでは、とぼくは思っている。予想どおりの結果で蚊が1匹すねに止まった程度の刺激とも言えない刺激を感じただけ。週刊文春は小沢に隠し子あり、をこの日にぶつけてきた。やるのお。
でもね、このスクープ記事で売れるだろうか。小沢ほどの陰にこもった精力絶倫的肉食系には、女の1人や2人はいたにちがいないと容易に想像できるから、隠し子がいたからといって意外性はすくない。週刊文春はすでに小沢が、ずっと支えてきてくれた妻と別居していることを報じた。妻と別居したから精力があまって別の女性に子を産ませたのではなく、隠し子の男児はもう21歳になるというから、若いときの不倫である。
これまた妻以外にも子をなした田中角栄の秘蔵っ子だから、隠し子程度で興奮するひとはそんなに多いとも思われない。しかし隠し子の存在が発覚したときの心境はいかがなものだろうか。ぼくにはまったく縁のない話だが、ヒステリーを起こした妻とのあいだに狂乱の修羅が展開するのだろう。想像したただけで身の毛がよだつ。知り合いの女性は相手の妻に関係がばれて、乗りこまれる恐ろしさを考えると浮気はできないと言っていた。
ぼくも彼女のように純情可憐のところがあるから、そもそもばれて往生するようなことは避ける。フィリピンには日本人男性がフィリピン女性に産ませた子が1万人にのぼるとう。20〜30年前になるだろうか、フィリピンや韓国に行く男性は好色家とみられ、事実、旅の恥はかき捨て的な行為を自慢する男たちは少なくなかった。外国へわざわざ「乗り逃げ」に行く欲望むきだし男が多かったのは、経済成長の陰の部分であった。
パリのホテル、ニッコードパリには日本人の男性相手のフランス金髪女が待ちかまえていて、深夜酔って帰還した出張中のぼくのエレベーターに乗り込んで部屋までついてきた。なにしろ泥酔していたので、よくはおぼえていないが、結果的にはなにごとも発生せず潔白だった。水虫で靴下が臭くて靴を脱ぐのをためらい、お金を握らせて退散してもらった。ほんとだよ。靴下も洗わずただ1足の皮靴自体が汗で臭気を放つようになっていたのだ。
しばらくのあいだぼくは、しまった、とても損をした気分だったが、足の臭さに対して羞恥を感じるほど内分泌が活発だった昔のことだ。いまは水虫もできない。田中角栄や小沢や精力の強い男は足裏や足指の股が枯れることなく水虫に悩んだと推察する。女なら首都圏連続不審死事件のあの毒婦、木嶋佳苗は絶対に水虫だよ。ここで名前をあげた3人の男女はたぶん、羞恥心を感じることのない人生だ。うらやましい。
(明日からGW。5月1日と2日出て、あとは明日から6日まで閉店です。7日から再開)
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