ペン森通信
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トランプも所詮は縄張り好きな男だ
日曜夜7時半からのNHK総合『ダ―ウインが来た!』は5日も見た。アルプスに住むリスの縄張り争いを描いていた。縄張り争いはなにもリスや他の動物だけでなく、人類も歴史上繰り返してきた。いまやトランプ爆弾が世界の話題の中心になっている。トランプがおれの縄張りに手を出すな、イスラムは来るなという威嚇に世界が驚愕している。おれのしまに来る者はい出すという。領土問題というのは縄張り争いの最たるものだ。

アメリカは世界中の縄張りの大部分を占めている。もちろん日本はその一部である。どころか、植民地だとこの間きた米軍基地を抱える支局の若者が言っていた。ということは、日本もトランプの縄張りということだ。10日に日米首脳会談があるが、トランプは日本の首相は同格とは思っていないだろう。あんなにご機嫌をとろうとするのだからやはりポチだ。安倍首相は、世界で唯一難癖をつけない首脳である。

トランプと仲良くなったからと言って自慢できることはなにもない。日本は第二次大戦が終わる際、北にはソ連、西はアメリカが占領する、という話があったらしい。ドイツみたいに東ドイツと西ドイツに分割したようなものである。ソ連という国家はすでに消滅して、ロシアとして残っている。ロシアのプーチンが訪日したときテレビの中継がやかましかった。北方4島全部ではなくても返され日本の縄張りが増えると期待された。

仮に2島が返還されるにしても喜ぶのは日本よりもアメリカだろう。属国の縄張りが増えると言うことは自分の縄張りが増えるのと同じで、返還された島に米軍基地をつくればロシアににらみがきく。いまのところ、プーチンとトランプは気が合いそう、ともっぱらの噂だ。もし2人がケンカごしの仲だったらドンパチでもはじめるんじゃないかと世界は固唾をのむにちがいない。ESの殺し屋連中はトランプをどう思っているのだろう。

わが安倍はトランプに反抗しないのでお気に入りの首脳になりそうだが、自分で国を守る装備を整えろ、と迫られたらその準備はしています、とでも答えるのだろうか。なにせ、日本はプルトニウムを48トンももっている(2015年現在)。長崎に落とされた原爆6000発分である。原爆の材料プルトニウムは原発の核ゴミの再処理で生みだされる。日本は核兵器をもちたいために、もんじゅを維持してきたのである。

もんじゅは20年以上もほとんど稼働しないままだったが、政府は高速増殖炉の実用化を目指す実証炉の開発に乗り出すらしい。「日本はプルトニウムをもっているから核兵器はでも出来ますよ」とでも安倍はトランプにアピールするのだろうか。物騒なプルトニウムを貯めこんでいるのは日米原子力協定でアメリカが認めているからだ。「あなたの国が認めているのです」と威張ればよい。トランプイメージはトランプの敵メディアが形成した。

日本な対米従属の国である。アメリカから見れば無理難題でも従ってくれる子分である。トランプはゴルフのスコアをごまかすずるい男と言う声もあるから、安倍はそういうときは毅然と文句を言わねばならない。日本はあなたの縄張りではない、と開き直れと国民の1人として注文をつけておこう。



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トランプのばばを引くのはどこだ
トランプにはばばがつきもの。20日に米大統領になるトランプのばばを引くのはどの国だろう。中国とメキシコと日本がさしあたりばば候補じゃあるまいか。トヨタ自動車のメキシココのカローラ工場をまずやり玉に挙げた。トヨタが来ると期待していたメキシコもがっかりだろう。メキシコからの移民流入を防ぐため壁をつくると吠えていたトランプは大統領に就任してからもこの姿勢は崩さないだろう。偏見と不寛容に満ちた大統領だ。

最もばばを引くのはアメリカだ。アメリカ第一の自国優先主義がこの現代社会で通用するはずもない。人、物、カネ、情報が国境を越えて容易に行きかう時代である。2期生の女子の1人はトランプタワーの中に本社のある会社でバイトだかインターンシップだかをやっているが、トランプ流に言うなら東京に支社のあるアメリカ企業はトランプタワーから追い出せばいい。トランプは外交や国際関係を得か損か、味方か敵かの尺度で見る。

いつか彼はいつか現役中に暗殺されるかもしれない。なにしろアメリカは暴力で開拓した国だ。トランプにも暴力の匂いがぷんぷんする。そのおっさんに核のボタンを託すのだからせ世界はひやひやものである。そもそも世界に影響力を及ぼす最強国の最高指導者を選ぶのにどうしてアメリカ国民だけがその権利を有するのか、日本は実質的に軍事的にはアメリカの植民地だし植民地にも選挙権を与えろ、と叫んでもよい。

感情的なパワーが国を動かすのは韓国だけじゃない。アメリカ人も結構感情の起伏が激しい。8期生の女子は高校時代か中学時代アメリカの学校に通っていたがその折、ビルにジャンボ機が突っ込んだ同時多発テロが発生した。すると学校ではアメリカ国歌をこぞって歌いはじめたという。その自国主義の激情に彼女だけはどうしても従えなかったという内容の作文を書いていた。トランプも自国だけが大切で自国に利しない他国はどうでもいい。

このまま世界中が反グル―バル化の姿勢を貫くようになったら戦争しかない。戦争は必ず平和のため自国大事のために起こることを考えれば、歴史の必然は戦争ということになる。現代は民主主義が悲鳴を上げている時代だが、この悲鳴が悲痛な鳴咽に変わる恐れもあるのだ。戦争なんてありっこない、とだれが言えるだろう。世界中が右傾化あるいは暴力化の傾向にあるし、われわれ日本人は70余年前を忘れて平和をむさぼってきた。

ぼくは平和ボケという悪口が嫌いだ。どうして平和であることにボケてはいけないのかがわからない。こんなありがたい境遇をかつて日本人が味わったことがあったろうか。性善説という言葉も好きではない。人を疑え、そこにつけ込む詐欺がある。人には悪い癖もある。でも総じて特に日本人は平穏な争いごとが苦手な国民性をもっているだろう。戦後形成された良好な国民性であるが、アジアの一部では日本人は残虐な民族だ。

この残虐性がいつまた目を覚ますかわからないが、目を覚ますとすればトランプの影響だ。日本人は災害に見舞われるたびに再建を図り、なにごともなかったかのように復活してきた歴史がある。トランプが万が一戦争を引き起こしたら、これは災害の一種だと達観するわけにはいくまい。




学生には未来が開けている
ペン森のある神保町まで京王線の自宅最寄り駅から準特急に乗って、笹塚で急行に乗り継げば乗車時間40分で着く。ところがこれを利用すると新宿についてしまう。居眠りして笹塚を通り過ぎてしまうからである。だから、乗車ほぼ1時間の快速か区間急行煮ることがほとんどだ。いま井上靖の『蒼き狼』を再読しているが、うとうととして本を落としてしまい、そのままにして新宿に着く。幸い神保町を行きすぎたことは2回しかない。

井上靖は何回もノーベル文学賞をもらうのではないかと国内ではうわさされ、毎年記者たちが自宅前に群がった。静岡の三島に井上靖文学館がありそこに16期生につれていってもらったことがある。その16期生は東大柔道部出身、旧制金沢高校で柔道に取りくんだ井上には寝技の旧帝大柔道を継承する身として特別の愛着があったらしい。ぼくはぼくで、井上とは顔見しりだし、ましてや同じ毎日新聞の記者の大先輩でもある。

『蒼き狼』は井上が得意とする西域もので、モンゴルのジンギスカン(成吉思汗)の生い立ちから描いている。ぼくは昔読んだが、ふたたび読みはじめた。いまジンギスカンは20代で部族間の争いを繰り返している最中だ。まだモンゴルの支配者、カン(汗)にはなってない。本名の名前、鉄木真(テムジン)と呼ばれている。真田幸村が源次郎と呼ばれていたのと同じだ。これから汗になりモンゴル部族を統率してって世界に遠征していく。

最近は学生のほうから井上文学館に行ったことがないなら行きましょうよ、と声をかけられることがさっぱりなくなった。それだけでなく学生が歴史的な現場へ行くことがなくなった。作文に書くのは小中高時代の古い記憶だけであるから、すぐにネタが尽きる。だから発見がない。恥ずかしながら、ぼくも78歳の老人になったせいか、このブログは古い話がほとんどだ。それでも78年の歴史があるから昭和を語っても説得力があると思う。

ペン森だけでも21年がすぎている。老人は先の見通しよりも考える尺度は過去にある。本日ペン森に来る途中市ヶ谷で人身事故があって、京王線と都営新宿線の乗り入れは新宿でストップした。バスタからタクシーに乗った。運転手は北海道・小樽出身の60代だったから昔はよかった式の話題で盛り上がった。ぼくは南九州だから真反対の位置にあるのに地球温暖化はどうなるのだろうと妙に話が合った。今年北海道は台風や大雪に襲われた。

 温暖化現象は来年改善されるわけではなくもっとひどくなるだろう、というのが2人の老人の一致した意見。ましてや二酸化ガス排出の多いアメリカは次期大統領のトランプがパリ協定に反対し、中国も北京は子どもを外で遊ばせる空気ではないと言うから、先行きは暗い。日本も経済の発展期公害に悩んだ経験があるが、清潔民族ゆえあっさりと乗り越えた。いまでは公害防止機器を中国に輸出して稼げばいいのでは、という声も強い。

 『蒼き狼』からとんだ方向に展開してしまったが、要は学生はもっと歴史的な現場へ足を運んで奥行きのある作文を書いてくれということ。本も読んでほしい。歴史にもなじんでもらいたい。学生には未来が開けているんだぞ。蒼き狼を目指せ



戦艦武蔵の最期野生存者
ペン森に来る学生のうち12月4日夜9時からのNHKスペッシャル「戦艦武蔵の最期」を見た者がいたかどうか。いたとしてもごくすくないだろう。ぼくは最後まで目を凝らした。もしかして生存者の1人、社会部の先輩記者塚田義明が出るかも、という期待があったからである。武蔵は「宇宙戦艦ヤマト」で知られる戦艦大和ほど有名ではないが、吉村昭によってドキュメンタリー小説で造艦過程が描かれ名高い巨大戦艦となった。

同じ巨大戦艦には「宇宙戦艦ヤマト」で有名な戦艦大和がある。大和が1号艦、武蔵が2号艦である。どれほど巨大かと言うと、長さは東京駅がすっぽり入るくらい。高さは10階建てのビル並み。大砲にいたっては40キロ先の敵艦を攻撃できた。武蔵は米軍機の波状攻撃を受けてフィリピン沖で撃沈されたが、それが今年深海に沈んでいるのが発見された。遺体も共に沈んでいるのである。わずかな生存者の中に16歳の少年兵だった塚田もいた。

Nスペを見ながら大学生の時に読んだ『戦艦大和ノ最期』という吉田満の戦記ものを思い出した。武蔵も大和も旧日本海軍の大鑑巨砲主義を象徴する戦艦だった。吉田は日銀理事になるが、大和の乗組員として出港から米軍に撃沈されるまでを克明に描いている。大和は沖縄に上陸した米軍の本土上陸を阻止するために行きだけの燃料を積んで向かった。特攻である。武蔵の塚田は戦友の肉片が甲板上にこびりついていた、と証言していた。

大和の吉田もついさっきまで元気に動き回っていた兵隊の肉片がまわりに付着したさまを描いている。吉田の『戦艦大和ノ最期』はカタカナと漢字で表現されている。わずか3日間で書いたと言う。その臨場感には鬼気迫るものがある。ぼくは南九州にいたから米軍の本土上陸に備えて日本軍が小学校までを宿舎にしていたことを知っている。若い上官に年配の兵隊が教壇で殴られているのも目撃した。その衝撃はまだ記憶の底に潜んでいる。

おりしも2月8日の真珠湾攻撃の開戦日に首相の安倍はハワイを訪問して犠牲者に慰霊の黙祷をささげた。真珠湾攻撃がなければ広島・長崎への原爆投下もなかったのだ。広島のそのときの様子は平和公園のベンチで語り部から聞いたが、堀川恵子の『原爆慰霊塔』にも詳しく描いてある。この種の本を読むペン森生はすくなくなった。ただ最近、大和を建造した軍港・呉を舞台にしたアニメ『この世界の片隅に』を見たかと問われ困った。

戦艦武蔵の生き残り塚田は89歳になっていた。ぼくはが社会部にいたのは30代が中心だったので塚田は40代後半だったはずだ。誠実なきっちりとした壮年だった。たしかぼくが八王子支局に赴任したとき府中通信部にいたような気がする。かれが海軍の少年兵として戦艦武蔵に乗艦していたとだれからか聞いた。Nスペの最後にも登場して「戦争はするもんじゃない」と口調もしっかりとコメントしたが、風貌はかなり年老いていた。

トランプの当選に刺激を受けたのか世界は右傾化してざわついている。平和を求めてきた民主主義もあやしい風向きとなってきた。首相の安倍はトランプと波長が合うと喜ぶ向きもあるが、ばかばかしい。カジノ法案で公明党ではなく維新とタッグを組んだのは念願の憲法を変えるには維新のほうが都合がいいということだろう。











人生は夢のようだった
土日の休みが待ち遠しくなった。2日間の休日だけではなかなか疲れがとれない感じもある。すべては老齢のせいだ。もうとっくに引退してもおかしくない年である。だいたい入塾してくる22期生は孫娘よりも年下だ。先々週14期生女子記者にご馳走になったが、「お孫さんはあのとき高校生でした?」と聞かれた。あのときというのは広島へ行って彼女にペン森卒業証書を手渡したときだ。高校生だったかなあと思案したが思い出せない。

孫が大学生になってからいっしょに旅をしたのは松本を経て飛騨高山と金沢をめぐったのと大震災に遭った南三陸へ向かったとき以外にない、と思う。どうも記憶はあいまいになっている。大学3年生まで旅をして、4年生時は実行しなかったから3年生時まであと1回はどこだったか。どうやらペン森生と行ったのと記憶がこんがらがっている。ペン森生と旅をしたのは長野県の小諸、上田だけだ。列車で行ったからもう車の免許はなかった。

70歳で車の免許は放棄した。大学の講師も延長がなかったので、これも自然消滅した。ペン森1本だけの生活になって7年がすぎ8年目に入ってきた。57歳で開設していま78歳。リハビリというかストレッチというか体の調節を週3回通いでやっているが、老化のスピードは予想以上に早い。今年の冬を越したらなんとか来年まではもちこえられそうだが、あまり自信はない。最近は焼酎のお湯割り3杯で千鳥足になってしまう。

少量のアルコール摂取で足元が不安定になる経験は10数年前の脳梗塞で倒れたとき以来だ。脳梗塞の再発かとおびえざるをえない。じゃ飲まなきゃいいのにと他人は思うかもしれないが、何十年も続けてきた習慣を突然止めるとかえって肉体の不調を招きそうでこれまた怖い。酒はほんとに弱くなった。すぐ酔ってしまう。最寄り駅から自宅まで徒歩で6,7分しかかからないが、毎日帰宅時タクシーを利用する。ワンメーター730円。

来年の誕生日を迎えることができれば79歳だ。だれでも60歳をすぎると自分の死について考えると言うが、ぼくもしばしば意識するようになった。賢者の辞世集を読むとほとんどが「夢のような人生だった」と振り返っている。ぼくはまだ死ぬわけにはいかない。
がんと闘っている家内を残して逝くことはできないのだ。加えて、来年春には旅の約束があるから、その実現を経てからでないと気持ちが落ち着かない。思い残すことがある。

 ぼくも総じて人生は夢のようだった、と振り返ることができると思う。このまま100歳まで生き長らえるとは思えない。21期生のかわゆい女子たちがおばさんになるまでは生きていないということだ。しかし、生きている間に民主主義が終わり世界の激変があるかもしれないし、それを見届けたい気もする。トランプの米国大統領がきっかけで各国が自国優先主義になり、あげくの果てに戦争がはじまる恐れもなしとしない。

 人間はだれしも生命を閉じる。そんな縁起の悪いことを、という声が聞こえてきそうだが、ひとの死はじきに忘れる。あの親しかった谷雅志が亡くなって4年たつがもはや谷がペン森に貢献したことすら忘却の彼方になりつつある。ぼくが消えてもペン森の卒業生の胸中では生き続けるだろう、と思いたい。

 








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